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高解像度降水ナウキャスト

掲載:2020年05月28日

執筆者:アソシエイトシニアコンサルタント 谷野 祐規

用語集

気象庁が防災気象情報の一つとして、2014年より提供を開始した「高解像度降水ナウキャスト」では、詳細かつ高精度なレーダー画像と降水量予測情報を提供することが可能となり、より実況に近い形で雨雲の予測が可能になりました。

これを活用し、予測困難な竜巻や局所的で突発的な大雨などの気象変化をいち早く察知することで、従業員の安全確保や顧客への先回りした対応など、有事における企業の意思決定に役立てることが期待できます。本稿では、この「高解像度降水ナウキャスト」の具体的な機能や活用方法などについて解説します。

         

「高解像度降水ナウキャスト」とは?

図2:「高解像度降水ナウキャスト」の配信領域
出典:一般財団法人 気象業務支援センター「オンライン気象情報」

「高解像度降水ナウキャスト」とは、気象レーダー(※1)の観測データなどを利用して降水の短時間予報を提供するシステムです。「ナウキャスト」は、現在を表す「now」と予測を表す「forecast」に由来し、現在の変化を観測・解析し、そこから数分先の動きを予測するということを繰り返し、雨雲の発達や進路を予測することを目的として開発されました。このシステムにより、ゲリラ豪雨と呼ばれる正確な予測が困難な局地的大雨に対応することが可能となりました。

気象庁では、2004年6月より「降水ナウキャスト(10分間降水量)」を、2011年3月より「降水ナウキャスト(5分)」を、それぞれ 1km四方単位で提供してきました。また、全国20箇所に「気象ドップラーレーダー」(※2)を設置して、日本全国のレーダー雨量(※3)観測を行ってきましたが、局地的な大雨の観測精度の向上を図るため、2012年度から2013年度にレーダー観測データの距離方向の解像度を従来の500mから250mに向上させるための機器更新を行いました。

「高解像度降水ナウキャスト」は、これらの更新および整備に加え、「X バンドMPレーダネットワーク」(以下、 XRAIN)(※4)の観測データなども利用し、従来の「降水ナウキャスト」よりも詳細かつ高精度なレーダー画像と降水量予測情報を提供するために開発されたものです。この開発により降雨予測の精度が大幅に向上し、より実況に近く強雨域を表現することが可能となりました。

「高解像度降水ナウキャスト」は、気象庁・国土交通省・地方自治体が保有する全国の雨量計のデータなど様々なデータを活用しています。そのため、降水域の内部を立体的に解析して、250m解像度の降水分布を30分先まで予測することが可能となりました。つまり、特定の地点の今から30分後の降水が、より正確に予測できるということになります。さらに現在では雷監視システムによる落雷情報も表示されるようになり、あらゆる気象災害に備えることが可能となっています。

従来の降水ナウキャストとの違い

・従来の「降水ナウキャスト」よりも現地の降雨状況に近い予測

従来の「降水ナウキャスト」では、気象庁のレーダーの観測結果を雨量計で補正した値を予測の初期値としています。それに加えて「高解像度降水ナウキャスト」では、XRAINの観測データや、全国にある雨量計のデータ、地上高層観測の結果などを用いて地上降水に近くなるように解析を行って予測の初期値を作成しています。

図3:従来の「降水ナウキャスト」と「高解像度降水ナウキャスト」の整理
出典:気象庁「高解像度降水ナウキャスト」の情報に基づき弊社にて作成

これらにより、解像度が16倍に上がり、降雨予測の精度が大幅に向上しました。下記の図は、気象庁Webサイトに掲載されている「平成26年6月29日の大雨を予測した例」です。平成26年6月29日16時を初期値として16時20分を予測した予測値と、その時間の実況および解析値をまとめています。特に○印の地域では「降水ナウキャスト」と比べ、「高解像度降水ナウキャスト」ではより正確に、実況に近い形で降水域の移動や発達・衰弱といった状況の把握が可能となっていることがわかります。

図4:「高解像度降水ナウキャスト」の事例
出典: 気象庁「高解像度降水ナウキャスト」

「高解像度降水ナウキャスト」を企業としてどのように活用すべきか

「高解像度降水ナウキャスト」は降雨の予測が高精度であるため、企業としては水害の可能性を察知したら、すぐに決断し準備をすることが可能となります。

例えばゲリラ豪雨など、不測かつ緊急な天候不順の際に、社員の通勤や移動に影響を及ぼす可能性があれば、「安全確保を優先させる」という意思決定を行う明確な根拠を示すことができます。また、社員が個々に、「高解像度降水ナウキャスト」によるアラートを受け取るアプリケーションを活用することで、移動先での天候不順の察知や帰宅経路の選択などをフレキシブルに行うことが可能となります。

さらに、降雨情報を収集した結果、事業所への水害の恐れがあると判明した場合は、直ちに重要書類や自社サーバーなど物理的な重要経営資源の移動、設置物等の浸水防止などの措置が必要となります。このように、とっさの判断が必要とされ、かつ迷うような状況において、精度の高い予測情報は、行動を促す有効なトリガーとなり得ます。

予測情報を有効に活用するための前提として、自社の周辺にどのような水害リスクがあるのかをしっかり認識しておくことが重要です。平時からハザードマップを参照し、事業所のどこから浸水しやすいかを把握した上で、浸水対策用品の準備などの対策を行い、安全な避難場所や避難経路を選定しておきましょう。災害時は常に予期せぬ事態が発生するものです。例えば選定した避難経路が土砂崩れにより塞がれてしまうといった場合もあるため、複数の避難経路・避難場所を選んでおくなど、あらゆる状況を想定し、予測情報に応じた行動オプションを瞬時に選択できるようにしておきたいものです。

現状の課題と今後の展望

ここまで解説したように、「高解像度降水ナウキャスト」は、詳細かつ高精度なレーダー画像と降水予測を提供することを可能としたプログラムです。ただし、現状は学習データのない未経験の状況における正確な予測については未知数であり、物理学・気象学に基づいた力学的予測の導入やデジタル技術の革新により、さらなる予測精度向上のための努力が続けられています。このような知と知の組み合わせはイノベーションの発生原理とも言われており、今後様々な分野との連携が進み、さらなる進歩・発展が期待されます。

特に、技術革新的側面では、IoTやAIなどの急激に成長する技術との掛け合わせが期待されます。例えば、「高解像度降水ナウキャスト」の利用する気象レーダーが「雨」と認識しても、雨粒が地上に降ってくる前に蒸発してしまい、地上では雨が降っていないということも考えられます。 また、レーダーは雨雲ができやすい地上2 km以上の位置に電波を当てていますが、ゲリラ豪雨は地上から2km以下の位置にできる小さな雲が発生源となることが多いため、それを捉えることができずに見逃してしまうことがあるという問題もあります。そのため、より完全な予測に近づけるためには、レーダーによる情報を補完するデータが必要となります。

そこで、スマートフォンやコネクテッドカーなどのIoT機器と、そこから得られる膨大なデータを解析するAIにより、世の中のあらゆる機器が観測機となりレーダーの情報を補完する仕組みを整備することが目指されています。

このように、今後より一層高度な予測が可能となることにより、企業のリスク回避や意思決定においてますます有用なツールとなることが期待されます。


※1 アンテナを回転させながら電波(マイクロ波)を発射し、半径数百kmの広範囲内に存在する雨や雪を観測するもの
※2 降水の位置や強さの他に、風に流される降水粒子から反射される電波のドップラー効果を用いて、レーダーに近づく風の成分と遠ざかる風の成分の測定を可能とするレーダー
※3 レーダ雨量とは、レーダ雨量計を用いて捉えた面的な雨量分布情報のこと
※4 国土交通省が運用する高性能気象レーダーを用いたリアルタイム雨量観測システム