新型コロナウイルスに学ぶ今後のパンデミック対策としてのタイムライン活用
掲載:2021年03月05日
改訂:2022年11月22日
改訂者:ニュートン・コンサルティング 編集部
コラム
新型コロナウイルス(COVID-19)によるパンデミックは2年半経過しても終息宣言が出されていません。感染拡大を防ぐ有効な手立てであるワクチン接種も日本では最大5回目の接種が進んでいます。
長引くコロナ禍で、組織は対応に追われました。そこで改めて推奨したいのは「パンデミックタイムライン」の策定です。水害などに備えて策定することが多いタイムラインですが、パンデミックにも有効です。パンデミックとインフルエンザの同時流行を指す「ツインデミック」や次のパンデミック発生も視野に、パンデミックタイムラインの策定手順について解説します。
災害対策におけるタイムラインとは
タイムラインとは災害に備えて当事者や関係機関のとるべき行動を時系列で整理した行動計画です。特に、風水害や雪害など事前に発生や推移について予想ができる進行形の災害に対して有効です。
タイムラインが有効に活用された事例として有名なのは、米国ニュージャージー州とニューヨーク州に上陸した超大型ハリケーン・サンディ(2012)の事例です。ハリケーン・サンディは地下鉄への浸水など甚大な被害をもたらしましたが、ニューヨーク州知事らはあらかじめハリケーンに備えたタイムラインを策定しており、タイムラインを基にした住民避難などの対応がおこなわれ、被害を最小限に抑えることができました。
ハリケーンの上陸に対して数日前、数十時間前、数時間前に「何をするか」という対応事項をあらかじめ定めておくことで、被害を最小限に抑えることにつながりました。あらかじめ時系列で見通しを立てる際に事前の備えが出来るほか、状況に合わせて必要となる対応を予測することができ、いざという時に迅速に判断して意思決定を下すことができます。
ではパンデミックを対象とする場合、タイムラインはどうなるでしょうか。
パンデミックも、風水害と同様に自組織が実際に影響を受ける前に様々な段階があります。例えば▽海外で新興感染症が発生し徐々に感染者数が拡大▽国内でも感染者が発生し、都市部を中心に感染者が爆発的に増加▽ついには自組織においても感染者が発生する、といった段階です。
こうした一連の過程に対して時系列でとるべき行動をまとめたものがパンデミックタイムラインとなります 。
パンデミックに至るまでの流れ(WHOによるフェーズの定義)
“パンデミック”とは、「ある感染症や伝染病が、爆発的に全国的・全世界的に急激に広まる状態」を指します。
パンデミックに至る感染症は、これまでの傾向によるとおよそ10年から40年の周期で発生しています。新興感染症はほとんどの人が免疫を持っていないため世界的な大流行を引き起こします。そして多数の死者が出るなど大きな健康被害をもたらすだけでなく、社会的・経済的影響も甚大なものとなります。
感染が拡大しパンデミックに至るまでの過程を、世界保健機関(WHO)では6つのフェーズに分類し、日本でもおおよそ6つの発生区分に分類しています。
上記の表のように、パンデミックは徐々に感染者が増加し社会的な影響も大きくなることが事前に分かっています。それぞれのフェーズで世の中はどのような状況になるのか、自社ではその状況下で何をすべきかを整理していくことで、パンデミックタイムラインが完成します。
それでは以下で具体的にどのようにパンデミックタイムラインを策定するのか解説します。
パンデミックタイムライン策定に向けて
その①:感染拡大に伴う世の中の状況の整理
上記パンデミックのフェーズを踏まえ、まず世の中で起こりうる状況を整理しましょう。新興感染症の影響が時系列でどのように広がっていくのか、具体的なイメージをつけることが目的です。
新型コロナウイルスの事例にならい、新型ウイルスが確認されてから日本をはじめ世界的に流行し大きな影響を及ぼすまでの主な流れを以下でまとめています。一例であるため、以下は参考にとどめ自社に合わせて状況を整理してください。また、自社で特に注意して状況を確認すべき国や社内外の関係先があれば追加します。
【海外発生期】20XX年1月
- 海外諸国:
- 近隣国Aの地方都市において新興感染症が発生し、肺炎のような症状が流行。国内複数都市で同様の症状を訴える患者が多数発生
- 欧州B国にて感染者が発生。国内の全学校を閉鎖する旨を発表
- WHO:
- 「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 (PHEIC) 」に該当するとの宣言を発表
- 日本国内:
- 政府が水際対策を開始
- 大手民間企業C社が全社員を原則在宅勤務とする旨を発表
【国内発生早期】20XX年2月
- 海外諸国:
- 近隣国Aで国内全土の感染者が10,000人を超える
- 欧州B国にて感染者が100人を超える
- 日本国内:
- 1ヶ月以内に近隣国Aへ渡航した男性が新興感染症に感染していたことが判明。1週間後、東京都にて10人の感染者が発生
- 首相が緊急会見を実施し、不要不急の外出、イベント開催の自粛を要請
【感染拡大期】20XX年3月~4月
- 海外諸国:
- 近隣国Aの都市において都市封鎖実施
- 世世界各国が相次いで非常事態を宣言。自宅待機命令を発令
- 世界で感染者500万人、死者50万人を超える
- WHO:
- 新型ウイルスのパンデミック(世界的大流行)を宣言
- 日本国内:
- テレワーク、時間差出勤の企業が増加。各種窓口の営業時間が短縮される
- 4月中旬、全国で緊急事態宣言を発出
【まん延期~回復期】20XX年5月~6月
- 海外諸国:
- 近隣国Aの感染者数は大幅に減少
- 世界各地で感染者が徐々に減少する。閉鎖していた学校や店舗の営業再開についても許可され始める
- 日本国内:
- 一部の都道府県を除き、緊急事態宣言を解除。未解除の地域から解除地域への移動については自粛を要請
- テレワークや時間差出勤から、徐々に通常の出勤体制へと移行する企業が増加。各種窓口の営業時間も通常に戻る
上記を参考に時系列に想定される世の中の状況を整理したら、以下のパンデミックタイムラインのベースとなる表に記入しましょう。イメージは下表の赤字部分です。
その②:ステークホルダーと情報収集の項目の洗い出し
世の中の状況について整理したら、次はステークホルダーと情報収集の項目の洗い出しをします。
ステークホルダーについてはパンデミック発生時に関連する社内外の関係先を洗い出します。役員、製造部門、営業部門などのほか、社外では顧客や外注先など、パンデミック発生時に連携が必要なステークホルダーを特定し、記入します(下表の赤字)。
情報収集の項目は、例えば次のようなものです。
- 消毒アルコール類の手配状況
- 備蓄品の確認
- 発生している感染症に関する情報
- 従業員の健康情報、渡航情報
- 政府の対応(緊急事態宣言、時短要請、助成金等)
- 顧客の対応状況
- サプライヤー、外注先等の対応状況
これらの他にも、必要な情報があれば追加します。
そして、誰が・いつ・どの情報を収集するのかをフェーズごとに当てはめて、下表の赤字のように整理します。そうすることで場当たり的な対応にならず、事前に決めておいた体制で対処することができます。
その③:クライシスコミュニケーションの整理
ステークホルダーを洗い出し、情報収集項目を決めたら、次は危機発生時のコミュニケーションを整理します。危機発生時はスムーズなコミュニケーションが重要となるため、ステークホルダーとどのような情報をやり取りするのか、社内にどのような情報を発信するのか、時系列で整理していきましょう。
上記その②で洗い出した収集すべき情報と社内外の関連組織について、どのタイミングでコミュニケーションをとり情報発信をおこなうのか、そのアクションを明確にします。 例えば海外で感染症が流行し始めた場合、タイムリーな情報収集をするだけでなく、情報収集したうえで従業員への注意喚起などの発信が必要です。
未発生期、海外発生期、国内発生期などパンデミックにおける各フェーズで、社内外の関係者に対して誰が何についてコミュニケーションをとるのかを明確にしましょう。
具体的には、各部門でとるべきアクションやコミュニケーション、また社外関係先で発生しうる事項を追記します(下表の赤字)。
パンデミックは突発的な災害ではなく徐々に事態が進行していくため、局所的な対応ではなく長い時間軸で取り組むことになります。感染の広がりを抑えることに加え、リモートワークや緊急事態宣言など様々な制限下でいかに事業を継続させるかが重要な課題となります。
パンデミックタイムラインは、どの部門・組織がどのようなアクションを行うのか、どのタイミングでコミュニケーションが発生するのかをフェーズごとに整理することで、全体の流れを俯瞰することができ、有事の際の道しるべとして活用できます。
まとめ:今からでも遅くないパンデミックタイムラインの策定
ウィズコロナに向けて社会が動き出している今、パンデミックタイムラインをこれから策定することに意義があるのか、疑問に思うかもしれません。しかし、新型コロナウイルスでも実際起こっているように、パンデミックは第一波、第二波と流行が繰り返されるケースがあります。スペイン風邪(1918)では1年間で3回の大規模な流行が発生しました。
また、新型コロナウイルス以外にも新型インフルエンザなどの新たな新興感染症が近いうちに発生する可能性もあります。新型コロナウイルスによって海外発生期から国内感染期を経験し記憶が鮮明な今だからこそ、リアリティーを持って「とるべき行動」をパンデミックタイムラインに記すことができます。
最後に、もし次のパンデミックが発生した際には、パンデミックタイムラインは判断するための基準になりますが、実際には策定時に練ったアクションとは異なる事象が生じるなどして、臨機応変に判断することが求められます。そのためパンデミックタイムラインを活用した訓練・演習を定期的に行い、組織全体で対応力を養うことも大事です。訓練・演習は、参加者が自分事化して考える機会となり、パンデミックタイムラインの有効性を検証する機会にもなります。
参考文献
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