
EUで導入が進められているCBAM(炭素国境調整措置)とは、EU域内で生産される対象製品に課される炭素価格に対応した価格を、域外から輸入される対象製品に課すという仕組みです。これにより、炭素価格が相対的に低い他国に企業が転出して他国でのCO2排出が増加したり、EU内の生産コストが高まり国際競争の観点で不利になったりすることを防ぐことが期待されています。
カーボンプライシングの広がりとカーボンリーケージの問題
「カーボンプライシング」とは、企業が排出するCO2などの温室効果ガスに価格を付けることで、排出量の削減を促す政策手法を指します。カーボンプライシングは、排出される炭素量に直接的に価格を付けて排出量に応じた負担を課す「明示的カーボンプライシング」と、エネルギー消費量や機器などに規制や基準を設けて間接的に排出削減コストなどを課す「暗示的カーボンプライシング」に大別されます。
近年では多くの国や地域が、明示的カーボンプライシングのうち、CO2の排出量に応じて課税する「炭素税」や、企業や産業部門ごとに排出量の上限を決め、それを超過する企業と余剰分を持つ企業との間でCO2排出量を取引する「排出量取引制度」(ETS:Emissions Trading System)を積極的に導入しています。炭素税は1990年にフィンランドで初めて導入され、北欧諸国をはじめとする多数の国や地域で導入されています。一方、排出量取引制度については2005年にEUが初めてEU ETSを開始し、以降、韓国や中国でも開始されました。
このように、カーボンプライシングが世界的な広がりを見せる中、世界に先駆けて排出量取引制度を開始したEUでは、炭素価格がより高い地域から企業が転出し、炭素価格がより低い地域の排出が増加する「カーボンリーケージ(炭素漏出)」が問題視されるようになりました。カーボンリーケージが生じることで、EUよりも炭素価格が低い国や地域でのCO2排出が増え、世界全体でのCO2排出量削減につながりにくくなるほか、EU内の生産コストが高まり、国際競争の観点で不利になることも懸念されます。
EUでCBAM(炭素国境調整措置)が導入された経緯
カーボンリーケージへの対策として、EU ETSでは、鉄鋼やアルミニウム、化学など一部のセクターに対して排出枠の無償割当を行っていました。そのような中、欧州委員会は、2050年までに温室効果ガス排出が実質ゼロとなる「気候中立」の達成を目指す「欧州グリーン・ディール」を2019年に発表。さらに、2021年7月には、温室効果ガス排出量を2030年までに1990年比で55%以上削減するという中間目標の達成に向けた政策パッケージ「Fit for 55」を発表しました。
「Fit for 55」において、EU ETSの改正などと共に提示されたのが、炭素国境調整措置(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)です。CBAMは、EU ETSに基づいて域内で生産される対象製品に課される炭素価格に対応した価格を、域外から輸入される対象製品に課すというものです。「Fit for 55」により、それまで一部のセクターに認められていた無償割当を段階的に削減することが定められ、これに代わる制度としてCBAMが段階的に適用されることになりました。
CBAMの対象事業者と製品、導入スケジュール
CBAMの義務が課される対象者は、EU域外から対象製品を輸入するEU域内の事業者であり、当面はカーボンリーケージのリスクが高い一部製品のみが対象製品とされます。具体的にはセメント、肥料、鉄鋼、アルミニウム、化学(当面は水素のみ)、電力が対象セクターとされ、対象製品には前駆体の一部や川下製品の一部も含まれます。また、CBAMは、EU域外から域内に輸入された対象製品の生産に伴う温室効果ガスの排出量である「体化排出量(embedded emissions)」に適用される点もポイントです。
CBAMは段階的に適用され、2023年10月から2025年末までは移行期間とされています。移行期間中は、輸入事業者には体化排出量などの報告の義務が課されるのみとなっており、金銭的な負担が生じる本格適用は2026年1月から開始される予定です。