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インフォデミック

掲載:2023年11月09日

執筆者:コンサルタント 山中 祥央

用語集

現代社会では、個人であれ企業であれ、SNSなどの媒体で情報を発信することが当たり前のこととなりました。誰でも簡単に情報を発信できるようになった反面、フェイクニュースやデマが一気に拡散するリスクが指摘されています。不確かな情報が広がり、社会に影響をもたらすことを「インフォデミック」と言い、コロナ禍で顕著な事例が発生したことで広く認知されるようになりました。本稿ではインフォデミックの事例を通して、誤った情報が拡散される仕組みと、人々の情報に対する態度について注目し、私たちが日々の情報収集・情報発信で、どのようなことに気を付ける必要があるのかを解説していきます。

         

インフォデミックとはなにか

インフォデミックとは、「情報(Information)」と「感染症の広がり(Epidemic)」を組み合わせた造語です。インターネット上で噂やデマを含む情報が氾濫し、現実社会に影響を及ぼす現象を指します。
新型コロナウイルス感染症に関する誤った情報が拡散されていることに対して、世界保健機関(WHO)が正しい知識を持つよう世界に警戒を呼び掛けたことで話題となりました。「このような誤った情報を鵜呑みにして事実に基づかない行動をとってしまうのは一部の人だけだ」と思う方も多いかもしれませんが、日々、SNSやニュース、新聞で多くの情報に接する私たちにとって、インフォデミックは決して無視できない問題です。なぜなら、我々は常に情報をもとに行動を決定しており、その情報を信じるか否かに関わらず、影響を受けているためです。

インフォデミックと似たような事象としてフェイクニュースの拡散やデマの蔓延、噂話などがありますが、まずはこれらの用語を整理したいと思います。
「噂」、「デマ」、「フェイクニュース」、「インフォデミック」は似たような意味を持っていますが、それぞれに違いがあります。

【表1:それぞれの用語の定義】
自然発生的な情報流通のこと
真偽がハッキリしないが、人々の間で「本当だ」もしくは「本当かもしれない」と思われている情報
デマ 意図的な情報操作のこと
真偽がハッキリしない情報が多くの人々の間に広まっている状況のこと
フェイクニュース 虚偽を織り交ぜたセンセーショナルな情報を提供するもの
偽情報を、意図的に拡散する場合と、意図せず拡散してしまう場合の両方がある。
インフォデミック 意図の有無にかかわらない、情報の急速な広がりのこと
拡散された真偽が定かでない情報が社会にまで影響すること

噂とデマの違いは自然発生的であるか、意図的であるかにあります。どちらも真偽ははっきりせず、「本当かもしれない」情報が出回っている状態を指しますが、それが自然に発生すれば噂、意図的に行われればデマとなります。そして、それらの噂やデマが、広く拡散され、影響が大きくなると、フェイクニュースとなります。

フェイクニュースにも、自然に拡散される場合と、意図的に拡散される場合の両方があります。そして、さらに情報が拡散されるとインフォデミックとなります。インフォデミックとなると、社会に大きな影響を持つようになり、経済に打撃を与えたり、死者が出るような事件となる場合があります。
インフォデミックを知ることで、情報に対して人々がどのような対応をする傾向があるのか、私たちが情報と対峙した時にどのような態度で接するべきなのかを学ぶことができます。それでは実際にインフォデミックの事例を詳しく見ていきます。

【図1:それぞれの用語の関係】

インフォデミックの事例

インフォデミック事例:
2020年2月: コロナ禍にイランで起きたメタノール中毒による死亡事件

イランでは、「度数の高いアルコールを飲めば、体内のコロナウイルスが死滅する」という情報が広がりました。飲料用アルコールの主成分であるエタノールの需要が一気にあがり、供給が追い付かなくなりました。そうすると、安価でエタノールによく似た成分であるメタノールを高価なエタノールに混ぜて販売する悪徳業者が現れるようになりました。メタノールはエタノールに似ていますが、高い中毒性があり、大量のメタノール中毒者が出る結果となりました。この時、イラン国内のメタノール中毒者の数は5000人を超え、800人以上の人が死亡しました。また、イランだけでなく、世界的にも7000人近くのメタノール中毒者が発生しました。この事件は、インフォデミックにより多数の死者が出た事例の一つです。

インフォデミック事例:
2020年2月:コロナ禍に日本で起きたトイレットペーパーの買い占め事件

事の発端は、SNS上に「トイレットペーパーの多くは中国で製造・輸出しているため、新型コロナウイルスの影響により、これからトイレットペーパーが不足する」という情報が投稿されたことです。
実際は、トイレットペーパーのほとんどが日本国内で生産されており、この投稿は事実無根の情報でした。この投稿がされた際、この情報を否定する投稿も多くなされました。しかし、この誤情報に反発する投稿が過熱したことによって、逆に、この誤った情報が広く周知される結果となってしまいました。メディアもこの「誤った情報が拡散されている」ことを取り上げ、結果的に誤った情報を拡散する形となりました。そのため、実際にこのトイレットペーパーが品切れになるという情報を鵜呑みにした人はほとんどいなかったにも関わらず、人々は「私はこの情報を嘘だとわかっているが、ほかの人は信じて買い占めを行うかもしれない」と考え、トイレットペーパーの買い占めを行ってしまうという事態が起こりました。その結果、トイレットペーパーは全国で一時的に品薄・品切れ状態になりました。

この誤情報に対して、評価に値する情報発信をした企業として、丸富製紙株式会社があります。同社は、「トイレットペーパーの在庫あります!」という写真付きの投稿を行い、この騒動を収めました。この投稿は広く拡散され、国民に安心感を与えました。
これが評価され、同社は「ジャパン・デジタル・コミュニケーション・アワード」にて大賞を受賞しました。この賞は、デジタル・コミュニケーション(=危機管理対応も含む)において優れた対応を行い、ブランド向上やブランド毀損防止に成功した企業および担当者を讃えるものです。情報の氾濫による危機に対してうまく対応し、逆に自社のイメージを上げることができたのです。もし、投稿が分かりにくかったり、デマに反発しただけだったりしたら、混乱を収めることはできなかったでしょう。この事例から、情報発信の仕方ひとつで企業の評価が上がりも下がりもすることがわかります。

インフォデミックからわかる、人々が情報を得るときの傾向

イランのメタノール中毒の例は、人々が藁にもすがる思いでコロナ対策のためにアルコールを求めた結果、さらに悪い結果を引き起こしてしまった事例と言えます。このような有事の際に直感的に判断してしまう思考のタイプを「リフレクションシンキングモード」と呼び、情報の真偽を確かめることや、熟考することなく、即座に自分の身を守ろうと考えてしまう思考のことを指します。コロナ禍などの情勢が不安定なときに、情報に対して飛びついてしまうことが理由の一つです。

また、「度数の高いアルコールがコロナに効く」という情報も、「トイレットペーパーが品切れになってしまう」という情報も、どちらも誰かの役に立ちたい・困っている人を助けたいという思いから情報を拡散した人々もいるでしょう。

反対に、この誤情報に惑わされる人を減らそうとして情報発信した人も多いでしょう。 このような心理を「善意のパラドックス」と言います。よかれとおもって発信した情報が、かえってその情報の拡散に加担することになってしまうのです。有事の際にはこのような心理がはたらきやすく、情報が瞬く間に拡散されることがあります。

加えて、このコロナ禍でのインフォデミックの事例からわかることは、人々は「自分はデマを信じていないが、周りは信じているに違いない」という心理状態に陥ることがあるということです。この状態を心理学では「多元的無知」と呼びます。私たちは、情報の真偽をわかっているつもりでも、実際の行動としては結果的に情報に振り回されてしまうことが往々にしてあるものなのです。この多元的無知は、インフォデミックがより広範にわたってしまう理由の一つです。
このような「リフレクションモード」「善意のパラドックス」「多元的無知」の状態に陥るのは、その多くは情勢が不安定なときです。今回紹介した事例の背景には、世界的に感染症が蔓延し、人々の不安が高まっていたという状況がありました。これが情報に過敏に反応する下地となり、インフォデミックを引き起こす温床となっていたのです。不安定な情勢で様々な情報が飛び交っていると、ある情報を鵜呑みにしたり、逆に激しく反発したりすることが起こります。

【表2:インフォデミックが起きる心理と背景】
インフォデミックの事例 インフォデミックの原因となる心理 インフォデミックが起こりやすい背景
イランでのメタノール中毒 ・リフレクションシンキングモード
・善意のパラドックス
・多元的無知
不安定な情勢
日本でのトイレットペーパー買い占め

現代社会は情報があふれてかえっており、どの情報を取捨選択すればよいのかの判断が困難な時代となりました。無限に情報が増え続けている中で、情報発信に対する規制が追い付かないため、正しい情報がフェイクニュースに埋もれてしまいかねない事態が起こっているのです。社会情勢も予測が困難な状況であり、つまりインフォデミックはいつ起きてもおかしくないのです。私たちはインフォデミックに注意して日々情報と付き合っていく必要があります。

おわりにー情報発信の際に気を付けるべきこと

情報が玉石混淆にあふれている中で、信頼のある情報を発信できることは価値があることです。実際にデマの拡大を抑える情報発信をした丸富製紙株式会社は、自社のイメージを向上させました。一方、自組織にとって事実無根の不利な情報が蔓延した場合に情報発信を誤ると、風評被害が発生し損害が出ることも考えられます。
事例で見てきた通り、デマを正そうとする情報発信が、デマの拡散を加速させてしまう皮肉な事態も起きています。私たちは情報の受発信により、デマの被害者になるだけではなく、そのデマに加担する加害者になってしまうこともあるのです。
人々が情報を得るときの心理状態を知り、日々の情報の適切な受発信に生かすことは、これから重要なスキルとなります。情報を発信する際には情報源が信頼できるかを確認することや、偏った情報ではないかを確認するなどのチェックを行うなどの基本を忠実に守ることが大切です。日々、このような情報に対する慎重な姿勢を保つことが、情報社会で生き抜く鍵となるでしょう。

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