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日本の年降水量は世界の約1.4倍、企業は水害リスクをどう捉えるべきか

掲載:2024年09月09日

執筆者:シニアコンサルタント 辻井 伸夫

コラム

日本は偏西風の影響や数年に一度発生するモンスーンジャイアにより、台風が7~10月頃に日本へ上陸、または接近する可能性が高く、水害リスクが高い傾向にあります。気象庁によると、過去10年間(2013~2022年)の日本の台風上陸数は年間平均で3回、接近数はその約4倍に達します。さらに、夏は北海道を除き全国的に梅雨前線の影響で降水量が多い傾向があり、日本の年降水量は世界平均の約1.4倍、約1,668mmにもなります(※1)。気象庁が2024年3月に公表した「気候変動監視レポート2023」によれば、年降水量の変化傾向は見られないものの、極端な大雨の年間発生回数は増加しているとしています(※2)。こうした情報だけみても、日本は水害リスクの高い国だと言えるでしょう。本コラムでは、地球温暖化の影響で高まるとされている水害リスクを企業がどのように捉え、対策を講じるべきか、近年の傾向を踏まえ解説します。

台風の年間平均上陸数および接近数(2013~2022年)は気象庁の資料を基に算出:
気象庁「台風の上陸数(2023年までの確定値と2024年の速報値)」
気象庁「全国への接近数(2023年までの確定値と2024年の速報値)」

2022年、1時間降水量50mm以上の発生回数が過去10年で最多に

2022年、日本全体で観測された1時間降水量50mm以上の発生回数は、過去10年で最多の382回に達しました。1時間降水量50mm以上とされる雨は、「非常に激しい雨」と表現され、1時間降水量80mm以上は、「猛烈な雨」と表現されます。1時間降水量50mm以上では、傘が全く役に立たないほどの激しい雨となります(※3)

2022年に発生した「令和4年8月3日からの大雨」では、8月3日から4日にかけて複数の地点で24時間降水量が観測史上1位を記録しました。この大雨は、前線などの影響で北海道地方、東北地方、北陸地方を中心に記録的な大雨となったものです。新潟県や山形県では複数の線状降水帯が発生し、総雨量が600mmを超える記録的な大雨となりました(※4)

図1:2013年~2022年における1時間降水量50mm以上、80mm以上、100mm以上の発生回数
気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」を基にニュートン・コンサルティングが作成

「台風上陸だけが水害リスクとなる」時代は終わった

水害リスクと聞くと、台風の影響を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。2024年8月中旬、日本に上陸するかと思われた台風7号では、多くの企業が事前に臨時休業などを発表しました。JR各社は一部運休や計画運休を実施すると発表し、各地のイベント会場では予定していたコンサートやイベントの中止発表が相次ぎました。また、スーパーや小売店などでは休業を発表するなど事前の対策がとられました。

台風上陸に対する日本企業の対応は年々高度化していると見られ、顧客の安全確保だけでなく、従業員の命を守る意味でも各企業が対応している印象を受けます。

水害被害額からみる台風上陸の影響は

国土交通省が2024年7月31日に公表した「令和4年の水害被害額(確報値)」によると、2022年の水害被害額は約6,100億円であり、2013年~2022年の過去10年間で4番目に大きな被害額となりました(※5)。特に大きな被害額となった令和4年台風第15号は、静岡県や愛知県を中心に猛烈な雨や非常に激しい雨をもたらし、堤防の決壊や越水・溢水による氾濫、内水などによる浸水被害をもたらしました。複数の地点で24時間降水量が400mmを超え、平年9月の1か月降水量を上回り、観測史上1位となりました。被害総額は約1,980億円で、大雨の影響による土石流や地すべり、がけ崩れなど、特に静岡県では167件の土砂災害が発生しました。

しかし、この台風第15号は日本に上陸をしておらず、近畿地方や東海地方に接近した後、海上で温帯低気圧に変わっています(※6)

以下のグラフをご覧ください。
このグラフは、水害被害総額と台風の上陸件数を表したものです。2020年と2016年を比較すると「台風の上陸だけが大きな水害被害をもたらす」とは一概に言えないことがわかります。

  • 2020年:台風上陸数は0件だが、水害被害額は約6,600億円と台風が3個上陸した2022年を上回る
  • 2016年:台風上陸数は6件と多いが、水害被害額は約4,660億円と上陸しなかった2020年よりも少ない

台風の大きさや速度、上陸地域の防災対策などが異なるため、台風の上陸有無だけで結論を出すことは難しいでしょう。ただし、台風の上陸だけが水害リスクの全てではないことが、このデータからも明らかです。

図2:2013~2022年における水害被害額と台風上陸件数
政府の統計窓口「令和4年水害統計調査」、気象庁「台風の上陸数」を基にニュートン・コンサルティングが作成

水害被害の要因は「非常に激しい雨」や「猛烈な雨」

台風の上陸以外で水害被害をもたらす要因とは、どのようなものでしょうか。

こちらのグラフをご覧ください。これは、水害被害額と1時間降水量50mm以上の発生回数を示したものです。注目すべきは、台風の上陸が一度もなかった2020年においても、非常に激しい雨や猛烈な雨により水害被害額が高くなっている点です(※7)

図3:2013~2022年における水害被害額と1時間降水量50mm以上の発生回数
政府の統計窓口「令和4年水害統計調査」、気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」を基にニュートン・コンサルティングが作成

熱帯低気圧が24時間以内に台風に変わると予想される場合に、気象庁は台風経路図を公表します。その後、台風の現在地や強さなどを3時間ごとに実況として発表し、予報を5日先までの24時間刻みで6時間ごとに発表します(※8)。これにより、台風が私たちの生活に影響を及ぼす前に、事前の対策を講じることが可能です。

しかし、近年多発している線状降水帯による非常に激しい雨や、記録的短時間大雨情報が発表されるほどの猛烈な雨は、予測が難しく、気づいた時には大雨による影響を受けていることが多いのではないでしょうか。

台風に対しては、多くの企業がBCP訓練やワークショップ、シナリオなどを用いた対策を講じていますが、線状降水帯や短時間での大雨に対する対策となると優先度が下がる印象にあります。現代の気象状況や気候変動を踏まえると、台風と同様にこれら水害リスクは既に企業のリスクマネジメントにおいて対策を講じなくてはならない脅威となっており、私たちは改めて水害リスクを見直す時期にきているのです。

近年増加する都市型水害の特徴と影響

近年、都心部では「ヒートアイランド現象」も起因し、局地的な大雨が増加しています(※9、※10、※11、※12)

▼ヒートアイランド現象とは
ヒートアイランド現象は、都心部の気温が周辺地域よりも高くなる現象です。都心部は、草地や森林、水田などの植生域から、アスファルトやコンクリートで覆われる人工被覆域への土地利用の変化が進みました。人工被覆域が拡大した都市部では日射による熱の蓄積が多く、熱をためやすく冷えにくい特徴があります。さらに、都心部の様々な産業活動や社会活動などによる人工排熱の影響で、局所的な高温になります。ヒートアイランド現象は地球温暖化とは異なり、あくまで人工的な構造物や排熱を要因として気温が上昇し、広がりは都心部を中心とした限定的なものです。

この現象は、川沿いではない市街地にも影響を及ぼし、都市型水害のリスクを高めています。都心部では地表がアスファルトやコンクリートに覆われているため、雨水は地下に浸透しにくく、下水道や側溝などを通じて河川に排水されます。しかし、短時間強雨などにより排水施設の処理能力を超えると、排水できずに氾濫(=内水氾濫)してしまいます。さらに、内水氾濫を引き起こすような大雨の場合、下水道やマンホールなどから水が噴き出すだけでなく、マンホール内の空気圧が高まり、マンホールが吹き飛ぶ「エアーハンマー現象」が発生することもあります。

また、都市部の中小河川では、雨水が急激に流入することで水位が一気に上がり、堤防が破壊されたり、川の水が堤防を越えたり(越水)して外水氾濫を起こすことがあります。このような都市型水害は、短時間で局地的に発生し、被害が急速に拡大するという特徴があります。

2024年8月東京都に「記録的短時間大雨情報」発表、都市型水害のリスクが浮き彫りに

最近の事例では2024年8月21日19時7分に、東京都に記録的短時間大雨情報が発表されました。東京都港区付近では約100mmの猛烈な雨が降り、交通機関の乱れや、冠水、浸水など帰宅ラッシュ時間に大きな影響を及ぼしました。さらに、渋谷川や古川の水位が上昇し、氾濫危険情報が発表されたほか、品川区では土砂災害のリスクが高まり、土砂災害警戒情報が発表されました。

以下の図をご覧ください。当日は16時頃から雨が降り始め、都内を中心に18時頃から大雨が集中しました。19時を過ぎると浸水キキクルの紫の範囲が急速に広がり、わずか1時間で警戒レベル4相当に危険度が高まったことがわかります。浸水キキクルの紫は、警戒レベル4相当で、道路一面が冠水し、側溝やマンホールの位置が分からなくなる危険性があるとされています。

この大雨の影響により、公共交通機関への影響も発生しました。JR東日本では山手線が運転を見合わせ、JR東海では降雨運転規制の基準に達したため東海道新幹線の運転を一時見合わせました。また、都営地下鉄では、大江戸線の国立競技場駅でエスカレーターが停止したほか、三田線御成門駅ではエレベータが停止するなどしました。

図4:東京管区気象台「令和6年8月21日の大雨に関する東京都気象速報」より抜粋(※13)

このように、都心部においては都市特有の水害リスクがあり、台風対策だけでなく、突発的な大雨にも対応できるよう、企業は水害対策を強化していくことが求められます。雨は身近な気象現象だからこそ、軽視せず、リスクとして対応していくことが重要です。

企業は水害リスクをどのように捉え対応すべきか

従来、水害リスクは予報や予測、予兆があるため、被害が起こる前に対策を打つことができる進行型災害だといわれてきました。しかし、本稿で説明してきた「線状降水帯」や都市型水害を引き起こす「局地的大雨」「短時間強雨」(通称ゲリラ豪雨)の近年の状況を考えると、水害リスクは進行型災害ではなく、地震や火災と同じ突発型災害にもなるという捉え方に変えて、対策を考えていく必要があります。

ただし、水害リスクは突発型災害にもなりえるとして捉えたとしても、「企業が風水害に備えるために重要なポイントとは」でご紹介している①ハザードマップの確認と分析、②タイムラインの活用と具体的な対策の検討、③BCPの策定、④社内体制の構築と継続的な教育などのソフト対策に加え、防水壁や止水板の設置、土のうや水のうの準備、土地や建物のかさ上げ、重要な設備・機器の上層階への移動等のハード対策が有効な事前対策であることに変わりはありません。

突発型災害だとした場合に大きな違いが生じるのは、事前対策にかけられる時間が限られているということです。従来の台風や前線による集中豪雨では、気象情報を確認して数時間から数日の余裕があり、その間に事前対策を実行することができたかもしれません。しかし、線状降水帯や局地的大雨・短時間強雨では、数十分から数時間程度の時間しか対策にかけられません。

また、前述の2024年8月の東京での例のように夜間に発生した場合は、対策をしようにも職場に人がいないこともありますし、休日に発生することもあります。同時期に発生した北関東や埼玉県の豪雨の例では、気象庁の降雨ナウキャストや気象予報会社が提供している雨雲レーダーでは雨雲が検知されないまま、記録的な豪雨が発生していました。このような場合、事前対策を打つこともできないまま、浸水してしまうこともあり得ます。

水害も突発型災害だと捉えて、次のポイントをチェックされることをお勧めします。

表1 局地的大雨や短時間強雨に備えるためのチェックポイント
1 常設されていない止水板や土のうが倉庫の奥にしまわれていないか 倉庫から取り出して持ち出すのに時間がかかり、設置が浸水に間に合わないことが考えられます。できる限り取り出しやすい場所や、設置個所の近くに移動して保管しておきましょう。
2 止水板の設置が出来る人が限られていないか 設置方法を理解している人がいつも社内にいるわけではありません。多くの従業員が設置できるように訓練をして、いざという時のために備えておきましょう。
3 土のうに入れる土が十分確保されているか 土のう袋だけ用意して、中に入れる土を用意していなかったり、十分な量がなかったりしませんか?事前に備蓄を確認し、充分な量を浸水リスクの少ない場所に保管するようにしましょう。
4 自社の施設では、最悪どこまで浸水する可能性があるか確認しているか ハザードマップの浸水深は、地面のおおよその高さ(地盤高)からの浸水の深さを示していますから、実際の土地の浸水深とは異なることもあります。自社の重要な施設の浸水深を確認し、実際には床上のどの程度まで浸水する可能性があるか、確認し、移動できる重要な設備・機器類は浸水リスクの少ない上層階に移動しておきましょう。
5 自社施設だけではなく、近隣の道路や取引先の浸水リスクを確認しているか 浸水リスクは、微妙な土地の高低差によって発生のリスクが変わってしまうため、ハザードマップの確認だけでは正確に知ることはできません。平時から、近隣の道路で危険な箇所はないか、取引先の浸水対策は出来ているか、確認しておきましょう。

ニュートン・コンサルティング作成

近年の水害リスクは、過去の経験やデータからでは想定できない災害を起こす可能性が高くなっています。突発的な豪雨にも備えて、予報や予測が出てから対策を実施するのではなく、平時から実施できる対策を打っておくとともに、短時間で事前対策を実行できる準備をしておくことが肝要です。

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